This short story written by Masahiro Yuki was included with PlayStation Vita copies of LIBERATION MAIDEN SIN.
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俺が通された部屋は、入るなり息苦しい雰囲気に満ちていた。灰暗く、殺風景で無機質。しばらくこの高野山ラポで暮らしているが、こんな部屋には初めて入る。広さは四畳といったところか。中央に机と椅子があり、周囲はコンクリートの壁で覆われている。入ってきた扉の反対方向に、また別の閉ざされた扉がある。様子が掴めたところで、俺は椅子に座すると、程なくして携帯端末に通信が入った。
「海堂君、僕だ」
この声。普段からよく聞く声だ。俺の担当でラボの主任研究員、難波斉だろう。
「難波さんですか? なんだかこれ、随分と芝居がかった実験ですね」
俺は、この新日本国内でも希少中の希少といわれている”介入者”としての素質を見込まれて、このラボに連れて来られた。だが、強制では無い。自ら志願してきたのだ。
介入者は、大気中に存在する霊的素粒子「ミスティクル」の流れを直感的に掴み、操作することができる能力を持つ者の呼称で、かつて一人だけ存在していた。俺は、その人以来の介入者である可能性を秘めているという。
現在、新日本と侵略国家“大国”との戦線は緊張度を増して いる。新日本は対大国抵抗戦の中。人型飛行兵器「解放機」の 開発に成功し、都市級巨大戦艦「ながた」も建造した。ようや <本格的な解放戦争を行う準備が整いつつある。これら兵器の 技術的な礎には、すべてミスティクルがある。この地球上に眠 る高エネルギー生命体「神獣」の持つエネルギーを、ミスディ クルの流動を介してリアクターへと吸収し、動かしている。資 源枯渇が著しい新日本にとって、エネルギー問題の根幹に位置 するミスティクルは生命線といっていい。
ここ、高野山ラボの使命は、いまだ未知の領域が広がるミステ イクルの究明を進め、解放戦争の後押しをすること。俺のよう な存在は、まさにミスティクル研究を加速させる上で、研究者 たちにとっては”おいしそうな奴”というわけだ。
そういった研究の気になることについては別に構わない。覚悟 そして、あえてそういった場に身を委ねた。俺は自分を知りた かったのだ。自分に特別な才能があるなら、それがどういった 才能なのか、詳しく知りたかった。いや、知る必要があった。 俺は新日本国、そして大空家の役に立ちたかった。かつて、大 国の侵略時に戦火の中でってた幼い俺を救い、育ててくれ た大空家の恩に報いるためにも、できるだけ有為な存在になり たかった。だから、自分の中に潜む特別な能力があるのなら、それを見極め、扱えるようならなければならない。そのために このラボで自分が研究対象になることも服し、日々を み重ねてきた。
このラボの最高責任者は科学技術庁の長官だが、暫定首都, 井沢で政務があるために常駐していない。代わりに取り仕切 っているのが、事務方のトップである所長と、待遇の 幾人かの主任研究員たちだ。渡さんはその一人で、長く の管理監督を務めてきた。
「 これは一体、どういう調練なんですか?」
明らかに今日のメニューはいつもと違う。これは、俺の本能。 つまりは、ミスティクルを感知する力も囁いていることだ。 の奥の方から、言い知れない違和感が放たれている。
「海堂君、そんなに身構えなくてもいいよ。声だけでも緊張が 伝わってくるよ」
そうは言うが、緊張しない方が難しい。それだけ妙に雰囲気 が張り詰めている。
「まあ、仕方ないのか・・・・・・実は僕も緊張していてね。今日の訓練・・・・・・いや、実験は、君と過ごした日々の、一つのターニングポ インドといっていい」
「 実験なんですか?」
「そうだ。”ミスティクル・ダイブ”の実験だ」
ミスティグル・ダイブとは、人と人の間にあるミスティクル の対流に自分の意識を放出し、対象の意識へと潜入する行為を 言う。このことこそ、俺を”介入者”と呼ばしめる所以だ。
しかし、おかしい。ミスティクル・ダイブは、既に昨年から 実験を繰り返し、制御のための技術も学んできた。そのことが らも、俺はこのラボで学ぶことは、残り少ないとも感じていた くらいだった。今さら改まって実験と言われるのも、妙な話だ。
「ああ、ちょっと解を与えたかな、ミスティクル・ダイプの 実験なんだけど、今回は双方向の”降下”を試す実験なんだ」
”降下”とは他者の意識に潜入することを指す。双方向の降下。 つまり・・・・・・。
「介入者同士が降下し合うということですか?」
「そういうことだ。これは、ミスティクル研究の中でも、実に エポックメイキングな実験になることだろうね。だから、僕 緊張しているんだ」
「 いや、ちょっと待ってください!」
俺は慌てて難波さんに問い掛けた。このラボで介入者と呼ば れるのは俺一人のはずだ。事実、難波さんからもそう聞いてい る。もう一人の介人者がいるなんて話は聞いたことがない。そ れだけ介入者は極稀な存在だからだ。
「すまないね。君には黙っていたが、このラボには、もう一人 の介入者が存在しているんだ」
難波さんの説明によると、もう一人の介人者はボので、やはり俺と同じような境遇で日々を過ごしていたという。そ アノクルを感知する上で、同じ能力者が同じ空間 をすることは、共してしまうことで逆に感知する力がくた るという論があり、研究のリスクや緊迫感を増す戦況を考え、 実性を取り、別々での管理ということになった。そして、合 お互いの存在はされてきた。 人者同士の心理的影響からも、 ・最近になって双方の習熟が一定のレベルに達したと判断 され、感知能力の鈍化やその他に発現する現象を確かめるべく、 この日、初めて介入者同士の実験に踏み切ることになったそうだ。
「我々としては、途にこの判断を下すことができたというわけ だいや、首を長くして待っていたよ、ホントに」
もう一人の介入者の名前は、教えてもらえなかった。その名 高は、ミスティクル・ダイブで探るというのも一つの課題とし く設定しているという。
その他の実験のポイントを説明する難波さんの声の調子は、 まさに上機嫌といったところだが、俺としては、秘密とされて きた事情は理解できるものの、同じ介入者の存在を知らされて いなかったことに、どこか釈然としない気持ちがあった。抗議 の意を伝えようとしだが、なかなか言葉の整理がつかない。そ こんな俺の反抗心を察したのか、難波さんは話を進めていった。
NEEDこれから君には別室に移動してもらい、もう一人の 介入者と1対1で会ってもらう。そして、お互いが降下を開始 し、その中で対話を試みてもらいたい。どうだい? 介入者同士 らしいコミュニケーションだろ?」
NEED波さんたちはさらに別室で降下過程でのミスティクルの反 比を計測し、データを採取するという。もはやお膳立ては整 っている。俺は抗議の言葉の整理を諦め、代わりに軽く皮肉交 じりに答えた。
「分りましたよ。実験材料同士の、感動の初対面ってわけですね」
NEEDの皮肉を、NEED渡さんは受け流すようにして軽く笑った。だ が、返す言葉は無く、おもむろに実験の開始を告げた。
「じゃあ、始めようか」
すると、 駅前にある扉から解錠の音が聞こえると、 静かに開かれた。
「さあ、入ってくれ」
NEEDさんにされ。 ・奥の部屋へと進んだ、前の部屋よりも広 精神の 明かりはさらに暗い。ミスティクルの実験中は、 実を高めるために部屋の光量を落としているのが常だった 今日はそれよりも格段に暗かった。
その場がりの中で、 1脚の椅子が視認できた。さらに目を凝ら 奥の方にがあった。おそらく、その先は俺が初に入 たと同じ構成のがあるのだろう。そしてこの様子を、 きんはどこからかしているというわけだ。
NEED手の子が見えるかい? そこに座ってくれ」
着座してしばらくすると、奥の扉が開いた。静かに人が歩 寄ってくる。顔ははっきりと見えないが、動作の輪郭は確認で きた。しばらくすると歩みは止まり、上体が落ちたように見え。 た。同じく椅子が用意されていたのだろう。
「では、計測器のスタンバイが整い次第、こちらからの合図を 出す。その後、双方のミスティクルの流れを掴んで、降下を助 めてもらいたい。少し時間をもらうよ」
難波さんからの通信が切れた。するとすぐに、部屋には沈 が流れた。俺は、俺と同じ力を持つ人に初めて会った。しかも、 こんな唐突な形で。正直、何て話しかけていいものか。そもそ も話しかけるべきなのかすらも戸惑っていた。そして、沈黙がこの空間の支配を続けていく。
だが、やがてその沈黙は徐々に、じとりと絡みつくような巻 ろしさへと変わっていった。部屋の雰囲気が醸し出しているの か、どうにも薄気味が悪くなってきた。1分が過ぎたのか、5 分が過ぎたのかは分からないが、とにかくその恐怖を払拭すべ く、意を決してもう一つの椅子に座る人物に話しかけてみた。
「あの、はじめまして」
返事は無かった。だが、俺の声が小さかったのかもしれない。 ちょっと緊張してか細い声になってしまったのかもしれない。 再び声をかけた。
「あの」
もう一度の「はじめまして」を言い終わる前に難波さんの声 が聞こえてきた。
「海堂君、準備が整ったよ。始めてもらえるかな?」
不意を突かれ、一瞬、体が硬直したが、同時に安堵もした。 この重苦しい時間から解放される。俺は大きく深呼吸をした。
「分かりました。行きます」
目の前にいる人物に向けて意識を集中すると、徐々に大気を 駆け巡るミスティクルの動きを捉え始めた。そして、俺の意識 は実体から離れ、ミスティクルの航跡を辿りながら対象に向け て進み始めた。やがて周囲の景色は高速で動き始め、視界は光 に包まれた。
一瞬のホワイトアウト。その後は、上も下も、右も左も無い、 ただ心奥へと続く奇妙なトンネルのような道が伸びている。こ れで降下は成功だ。
降下中は、相手の意識、思惑、思考などが具象化された「夕 オリア」と呼ばれる感覚質”を道標に辿っていくことになる。
難波さんは、この行程を「ソングライン」に例えていた。 ングラインとは、オーストラリア大陸の先住民であるアポリジ こたちに伝わる歌による地図”のことを言う、水や食料の在 り処などを、彼らは文字ではなく、歌によって記憶し、伝承し
てきた。いわば「見えない地図”だ。そうやって彼らはソング ラインを巡り、その先にある大地そのものと、そして精霊たち と繋がってきた。地球を覆い、人や物へと接続していくミステ (クルの流れは、まさしくそれ自体が地図と言える。
今回の実験の思惑は、見えない地図を読める二人が、双方の ミスティクルの脈動を追い、果たして出会えるのかという点に 注目されているという。ポの資料で、ネズが迷路から出ら れるのかを調べる動物行動学の実験の記録をたまたま見たこと がある。今の俺は、さながらネズミというわけか。そう思うと、 何だか自虐的なおかしみが湧いてきた。
しかし、本当に出会うことは可能なのだろうか? あえてフ ラットな状況で行われたが、あまりにもお互いの情報がない。 これほど手がかりが無い状態での降下実験というのも初めて だ。ここからクオリアを引き出し、相手と交錯する地点を見つ けるのは、どれ程の困難があるのか、さすがに予想がつかなか った。
そんな不安がだんだんと大きくなり始めたその時、何かが見 えてきた。ただ、いつもの実験で見ているクオリアではない。 おぼろげに視界に広がる、これは、記憶の映像なのだろうか?
そのことが何となく分かったのは、見えた光景が、自分もよ く知っている。この高野山ラボだったからだ。別棟も同じよう な設備だったに違いない。実験室、居住区、窓の外に広がる人 工緑地、そして研究員たちの顔。難波さんの顔もあった。この 人もおそらく、こうやって俺の記憶を見ているのだろう。その 先にお互いの迷路のゴールが待っているのかもしれない。
俺は先を急いだ。記憶を延々と辿っていくのは時間がかかる。 長時間のダイブは身体に大きな負担をかける。俺も、そして相 手も。次々と現れる映像クオリアをザッピングしながら、俺は さらに対象の精神の奥へと降りて行った。
だが、俺はそれらの映像クオリアの中に、看過できない人物 を見てしまった。
大空翔子だ。
初代新日本国大統領にして、孤児だった俺を育ててくれた思 人、大空翼一郎の一人娘、俺が支えるべき人。この上なく大事 な存在。なぜ翔子の映像がこのミスティクルの奔流にあるのか? いや、翔子は国民的にも知られている存在だ。彼女の記憶が あっても、取り立てておかしいというわけではない。だがしか し、ミスティクルに妙な違和感めいたものがある。
すると、俺は急に身動きが取れなくなった。ミスティクルに わりつかれたような感覚だ。一体どういうことだ? ミスティ クルの触手と思しき力は、焦る俺をさらに精神の奥へと引きず り込もうとした。抵抗を試みるが、どうにも抗えない。これは 降下対象が行っているのか?だとしたら何故だ?どうしてこん なことを?いや、そもそもこんなことができるなんて!?
奥へと進むに従い、次々と映像クオリアが出現する。それら はガラスの破片のように視界へと撒き散らかされ、パラレルに 映し出されてはすぐに消え、そしてまた新たな映像が現れた。 いつしか俺の精神は、無数のサムネイルに占拠された。ただた だ、俺はいつまでもめくり返るパネルのようなサムネイルの愛
化を見させられ続け、その間にもっとまとます り込まれていった。この 界でアイデンティティが しないよう、 のみ集中した。というより、もはやこれ以外は何もできないせ だった。
だが、そんなことをいつまでもできるほど、なか った。徐々に自分のがれていくことが分かる くは持たない。このままはとれの人 してしまうのが・・・!?
その時、サムネイルの変化がビタラと止まった」そして に、ある景色を映し出した。それは俺もよく知っている色
大国の侵略による新日本国の焦土。
かつて幼い俺が一人、漂った場所。着るべき人も無く、 と恐怖に手を引かれ、忘我の内にひたすら歩いていた場所。
その焦土の中に、果たして、居た。寄る辺なき小さな存在。 無力で、何も知らず、何も分からず、かな生の本能のみで、 がろうじて立ちつくしている。
あれは、俺だ。
「どうしてこんな記憶がここにあるんだ?この記憶のは確 見ているのか?俺を知っているのか?誰なんだ?”こには一 体、誰なんだ!
していく 混乱の極みの中。映し出された土の映像が、
氷のように崩れ始め、虚空が広がり始めた。それと同時に、 を掴んでいた力が消えた。俺は虚空へ投げ出され、浮遊した。
遠くから何かが聞こえる。
これは、歌だ。
言葉は分からない。
だが、確かに歌だ。
ふわりと浮かぶ俺の体は、その歌の方へと向かっていった。
ミスティクルが、ゆるやかな風のようになって俺を運んでいく。 その向かう先から光が見える。惟々と輝き、世界のすべてを照 らし出すような大きな光。とても心地いい。やがて光は俺を包 み込んだ。俺は何も抗わなかった。そのまま、歌の聞こえる場
だが、別の方向から声が聞こえてきた
この声は、誰だ?
俺の名前を言ってる?
・・・・・・なんだ?
行ってはいけないのか?
引き返すべきなのか?
………………そうだ。
俺は戻らなくてはいけないんだ。
彼女の元へ。
やはり俺と同じような境遇で日々を過ごしていたという。こ コックルを感知する上で、」 ますることは、共してしまうことで逆に感知する力がくた るという論があり、研究のリスクや緊迫感を増す戦況を考え。 確実性を取り、別々での管理ということになった。そして、会 人者同士の心理的影響からも、お互いの存在はされてきた。 だが、最近になって双方の習熟が一定のレベルに達したと され、感知能力の鈍化やその他に発現する現象を確かめるべく、 この日、初めて介入者同士の実験にみ切ることになったそう
「我々としては、遂にこの判断を下すことができたというわけ いや、首を長くして待っていたよ、ホントに」
もう一人の介入者の名前は、教えてもらえなかった。その名 朝は、ミスティクル・ダイブで戻るというのも一つの課題とし 設定しているという。
その他の実験のポイントを説明する難波さんの声の調子は、 まさに上機嫌といったところだが、俺としては、秘密とされて きた事情は理解できるものの、同じ介入者の存在を知らされて いなかったことに、どこか釈然としない気持ちがあった。抗議 の意を伝えようとしだが、なかなか言葉の整理がつかない。そ 俺の反抗心を察したのか、難波さんは話を進めていった。
「君、これから君には別室に移動してもらい、もう一人の 介入者と1対1で会ってもらう。そして、お互いが降下を開始 し、その中で対話を試みてもらいたい。どうだい?介入者同士 らしいコミュニケーションだろ?」
波さんたちはさらに別室で降下過程でのミスティクルの 電値を計測し、データを採取するという。もはやお膳立ては整 っている。俺は抗議の言葉の整理を諦め、代わりに軽く皮肉交 広りに答えた。
分りましたよ。実験材料同士の、感動の初対面ってわけですね」
皮肉を、難波さんは受け流すようにして軽く笑った。 返す言葉は無く、おもむろに実験の開始を告げた。 だ
「じゃあ、始めようか」
すると、駅前にある扉から解説の音が聞こえると、静かに開 かれた。
「まぁ、入ってくれ」
さんに記され、奥の部屋へと進んだ。前の部屋よりも店 明かりはさらに聞い。 ミスティクルの実験中は、精神の 実を高めるために部屋の光量を落としているのが常だった 今日はそれよりも格段にかった。 そがり
さらに目を握ら の中で、脚の椅子が視認できた。 す。の方に質があった。おそらく、その先は俺が最初に入 つたと同じ構成のがあるのだろう。そしてこの様子を、 ふんはどこからかしているというわけだ。 「
生前の子が見えるかい? そこにってくれ
況を信じ込ませる。これによって俺は完全にガードを取り払い、 「能動的に、かつリミットをかけずに自分の心の奥へ奥へと降 下していった。俺は、存在しない“もう一人の介入者”に降下 したつもりだった。ところが、実際は鏡の前でセルフ・メイプ をしていただけだった。なんともで情けない姿だったろう。
その劇場型催眠で使用された装置が現場に残っていた。ヘッ ドギアの形状をしている。おそらく、俺はこれを被っていたの だろう。
事後の解析で判明したのが、犯人が俺を使って神獣の居場所 を探ろうとしていた跡だった。極度に深いセルフ・ダイブを 実行させ、俺の中に流れるミスティクルの動きを強く対流させ ることでミスティクルのオーバーロードを引き起こして、俺の 意識を俺自身から引き剥がし、まるで未開拓の惑星を探す宇宙 船のように漂わせた。ただし、これを行うと、俺は自己喪失状 態になってしまう、極めて高いリスクがあった。つまり、下手 すると俺はあともう少しで自分を見失っていたかもしれな かった。
しかも、実際にこの方法で神獣へと辿りつくのか。ラボの研 究員たちは疑問視していた。事実、俺が最後に向かった場所に、 神獣がいたのかどうか、まったく分からない。むしろ、この状 況を聞くと、あそこに辿りつくことこそが“自我を失う”とい うことだったのかもしれない。いずれにせよ、俺はやはり実験 用のネズミにされたのだと思う。
犯人は、異変を察知して乗り込んできた暫定首都の公安部隊 が現場に駆けつける前に逃走していた。俺からデータを引き出 したかどうかは不明だ。保護された俺は、公安部隊に同行して きたミスティクル研究者の指示によって救急措置がなされ、意 識を引き戻されてどうにか自分を取り戻したらしい。装置の解 析も、この研究者が行ったそうだ。一体どこの何者が犯人なの か、その正体はいまだ不明であり、接触しようとしていた神獣 がどこにいる神獣なのかも分からなかった。
正直、この事件の全容を知らされ、俺は心底ゾッとした。こ んな形ではないにせよ、俺は誰かに利用される可能性を持って いることは充分に自覚してきたつもりだ。だが、いざ実際にそ ういう目に遭ってみると、改めて我が身の境遇が得体の知れな いボーダーラインに置かれていることを知った。それが恐ろし く、そして言い知れぬ不安を呼んだ。
だが、同時に、俺は自分の中の強い想いも掴めた。いや、再 確認したといっていい。俺は何があっても、翔子のもとへ行か なくてはならない。彼女の一助になるため、俺は居るんだ。そ のために俺は俺に帰ってきた。これは運命なんて曖昧なことで はない。それが俺の最後に残る意志”なんだ。こんなことで 折れてはいけない。もっと強く、強く心を……………。
目線をベッドの傍の窓へと向けると、中庭が見える。木々 の揺れからして、強い風が吹いているようだ。少し空を見上げ ると、雪が急ぐように流れている。
やがて、一つ判然としないことがあることを思い出した。あ の時俺は、確かに歌を聴いた。あの歌は、何だったのだろうか? 答えを探るべく、俺は歌を思い出そうとした。だが、歌の記憶 は、まるで最初から無かったようにどこかへと消えていた。
(終)
Notes
- This story had no official English title, although its name roughly translated to LIBERATION MAIDEN: SONGLINE.
- This story was transcribed by Death Blow Icons using photos taken by ockess.